AIボットの「買い物」と「決済」に大きな断絶 ── エージェンティックコマースの現在地
鈴木章広
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Source: www.paymentsdive.com
この記事のポイント
- AIボットは商品検索・比較に優れるが、自律的な決済完了には依然として大きなギャップが存在
- Visa・Mastercard・Googleが独自プロトコルを競い、業界標準が乱立する過渡期に突入
- EC事業者は「新しい顧客チャネル」としてのエージェント対応を早期に検討すべき段階
ボット決済がエージェンティックコマースで遅れをとる現状

Bot payments lag in agentic commerce
Within the emerging world of agentic commerce, a broad gap exists between bot shopping and autonomous payments.
2026年1月29日、米メディアPayments Diveは、エージェンティックコマース(AIエージェントが消費者に代わって買い物を行う仕組み)における「商品検索・比較」と「自律的な決済完了」の間に大きなギャップが存在すると報じました。AIボットは商品の調査や比較には優れていますが、承認・コンプライアンス・決済インフラの課題から、自律的な支払い完了にはまだ距離があります。
記事では、AIショッピングボットが初期段階で扱うのは牛乳、歯磨き粉、猫砂といった「日用品」になるとの見方が示されています。低価格・低リスク・低複雑性の商品から始めることで、消費者がこの新しい購買体験に慣れていく「お見知りおき」フェーズが続くとされています。
業界動向
エージェンティックコマースは、2026年に入り急速に業界の中心テーマとなっています。コンサルティング会社Flagship Advisory Partnersは1月21日のマーケットレポートで、この「ショッピングと決済の二分化」は「当面の間」続くと分析しています。アナリストのBen Brown氏とPavle Stamenic氏は、「エージェンティック決済は、信頼・ガバナンス・相互運用性の構築に関する業界の進展に依存する」と述べています。
市場の規模感も明確になりつつあります。Boston Consulting Groupの調査によれば、消費者の約81%がエージェンティックコマースツールの利用に前向きで、1.3兆ドル規模の支出に影響を与える可能性があります。また、McKinseyの2025年10月のレポートでは、2030年までに米国だけで最大1兆ドル、グローバルでは5兆ドルの小売売上機会があると試算されています。
一方で、この市場の爆発的成長を前に、プロトコルの乱立が起きています。Visa・Mastercardはそれぞれ独自のエージェンティックコマースプロトコルを開発しています。Googleは2026年1月のNRF(全米小売業協会)年次会議でUniversal Commerce Protocol(UCP)を発表し、PayPalやWalmartなど20社以上のパートナーと連携しています。さらに、OpenAIとStripeが主導する別のプロトコルも存在します。
「ボット決済」はなぜ難しいのか
エージェンティックコマースにおける決済の遅れには、構造的な理由があります。
認証と承認の問題: 従来の決済インフラは人間の消費者を前提に設計されています。McKinseyのレポートが指摘するように、「顧客」がAIエージェントである場合、消費者の承認、プログラムされた支出上限、同意の管理に「新しいアプローチ」が必要です。エージェンティック決済スタートアップInFlowのCEO、Jim Nguyen氏は「エージェントを実際のオーナーに紐づいた、独立した顧客として扱う全く新しい思考モデルが必要」と述べています。
不正防止の課題: 既存の不正検知システムは、通常と異なる購入時間帯や急速な連続購入をフラグとして検出します。しかし、AIエージェントはまさにそのような行動パターンを示すため、正規のエージェント取引と不正ボットの区別が困難です。Visaはこの問題に対し、2025年10月に10社以上のパートナーとTrusted Agent Protocolを導入し、悪意あるボットと正規のAIエージェントを区別するオープンフレームワークを構築しています。
責任の所在: 従来の決済紛争は4者(消費者・加盟店・発行銀行・ネットワーク)間で処理されてきましたが、AIプラットフォームという第5のプレイヤーが加わることで、エージェントが誤発注した場合の責任の帰属が不明確になっています。
コンサルティング会社LatentView AnalyticsのParijat Banerjee氏は、完全自律型の決済が普及するのは「2027年後半から2028年」になるとの見通しを示しています。
EC事業者への影響と活用法
コンバージョン率の向上: PSE ConsultingのChris Jones氏は、Adobe AnalyticsとKlarnaのデータを引用し、エージェンティックコマース経由の「コンバージョン率は他のチャネルより約30%高い」と指摘しています。この数字は、EC事業者にとってエージェント対応への投資を正当化する根拠になります。
段階的な対応が現実的: 決済オーケストレーションスタートアップGr4vyのCEO、John Lunn氏は、小規模な加盟店でも既存の決済インフラを活用しながらエージェンティック取引を「独立したバケット」として管理・実験できると述べています。「100ドル以上のエージェント注文は不可」「高額ブランド品はエージェント経由で売らない」といったルール設定も可能です。
プロトコル選択は慎重に: ソフトウェアスタートアップNew GenerationのCEO、Adam Behrens氏は、「今1つのエコシステムやプラットフォームにリソースを投資すると、3か月後や6か月後に市場が変わったときにやり直す羽目になる」と警告しています。Gr4vyも、年末までに現在取り組んでいるプロトコル実装の半分は破棄することになると予測しています。
eBayの動きに注目: eBayは2026年2月20日から、許可なくAIボットがマーケットプレイスで取引することを禁止しています。これは独自のエージェント体験を構築する戦略と、無許可ボットによる収益侵食への防衛策の両面があります。EC事業者も同様に、どのエージェントに自社在庫へのアクセスを許可するかを主体的に判断する必要があります。
まとめ
エージェンティックコマースは、ECの次の大きな進化として確実に動き出しています。しかし、「検索・比較」と「決済完了」の間にあるギャップは、技術的にも制度的にも容易には埋まりません。2026年は、Visa・Mastercard・Googleなど大手プレイヤーがプロトコルを競い合い、業界標準が形成される過渡期です。
EC事業者にとって重要なのは、特定のプロトコルに過度にコミットせず、エージェンティック取引を既存インフラと分離した形で「実験的に」導入する姿勢です。コンバージョン率30%向上という数字が示すように、ポテンシャルは大きいですが、不正防止・責任・在庫情報管理といった課題への備えも同時に進める必要があります。完全自律型のエージェント決済が主流になるのは2027年後半以降と見られており、今は「学びながら備える」フェーズといえます。
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