
はじめに
EC・D2Cビジネスは、インターネットの普及、そしてスマートフォンの登場といったテクノロジーの進化という追い風を受け、飛躍的な成長を遂げてきました。そして今、生成AIの実用化により、私たちはまた新たなパラダイムシフトの入り口に立っています。
それが、「AIがユーザーに代わって購買プロセスを代行する」未来――エージェンティックコマース(Agentic Commerce)です。
本記事では、この新しい概念が現在のEコマースにどのような変革をもたらしつつあるのか、具体的なデータや事例を交えながら解説します。この動きを単なる脅威としてではなく、新たな販路拡大の「機会」として捉え、皆様がこれからの事業戦略を構想する上での一助となれば幸甚です。
エージェンティックコマースとは:AIが購買プロセス全体を代行する新時代
エージェンティックコマースとは、「AIエージェントがユーザーの好みや文脈、過去の購買履歴などを深く理解し、商品やサービスの選定から発注、決済までの一連の購買プロセスを自律的に実行する、新しいコマースの形態」を意味します。
言葉で説明するよりも、実際の動きを見ていただくのが一番です。まずはOpenAIが公開した、こちらのデモンストレーションをご覧ください。
ユーザーが自然言語で要望を伝えるだけで、AIが最適な商品を探し出し、比較検討から決済までをシームレスに完結させる
Source: OpenAI公式
この動画で描かれているのは、次のような驚くほどスムーズな購買体験です。
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欲しいものを話しかける:「友人への引っ越し祝い、手作りセラミック食器、白とタン、100ドル以下」といった自然な言葉で要望を伝えます。
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AIが最適な商品を探して提案:AIが要望を瞬時に理解し、条件に合う商品を画像付きカード形式で複数提示します。
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気になる商品を選んで詳細を確認:提案された商品から気になるものをタップし、「パスタボウル」などの具体的なオプションを選択します。
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チャット画面のまま、すぐに支払い完了:事前登録された支払い情報が自動入力され、チャットを離れずにワンタップで決済完了。
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購入完了の通知と配送予定の確認:注文内容、配送予定日、支払総額がチャット上で即座に表示されます。
このように、ユーザーが自然言語で要望を伝えるだけで、AIが最適な商品を探し出し、比較検討から決済までをシームレスに完結させる。この動画が示す一連の流れこそが、エージェンティックコマースが目指す世界の基本的なビジョンです。
具体的な進化:AIショッピングUXの最前線
この未来を実現するため、業界全体で実装が加速しています。OpenAIは「Agentic Commerce Protocol (ACP)」というオープンな共通規約を提唱し、AIエージェントとEC事業者が円滑に連携できる技術的基盤を整備しています。一方で、各プラットフォームは独自のアプローチでエージェンティックコマースの実現に取り組んでいます。
- Perplexity「Buy With Pro」: 独自の購買システムを構築し、PayPalとの統合により、チャット画面から離れることなくワンクリックで購入が完了します。複数の情報源を引用し、信頼性の高い情報と共に商品を提案することで、ユーザーの購買意思決定を強力にサポートします。

Perplexityでは、複数の情報源を引用しながら商品を提案し、ワンクリックで購入が完了する
Source: Perplexity公式ブログ
- Amazon「Rufus」: 世界最大のECプラットフォーマーであるAmazonは、自社の広大な商品カタログに特化したAIチャットボット「Rufus」を投入。独自のシステムでユーザーの曖昧な質問から最適な商品を推薦し、既存のAmazonチェックアウトとシームレスに連携させることで、自社のエコシステム内でのエージェンティックコマース体験をより強固なものにしています。

Amazon Rufusは、曖昧な質問から最適な商品を推薦し、既存のチェックアウトとシームレスに連携
Source: Amazon公式
- Google Shopping AI拡張: Googleは独自の技術で、生成AIを活用したバーチャル試着機能を開発。ユーザーが自身の体型や肌の色などを選択すると、それに合わせてモデルが商品を着用したイメージを生成。オンラインショッピングにおける最大の障壁の一つであった「サイズ感の不一致」という課題の解決を目指しています。

Googleのバーチャル試着機能では、体型や肌の色に合わせてモデルが商品を着用したイメージを生成
Source: Google公式ブログ
これらの事例は、AIが単なる検索ツールではなく、購買プロセス全体に関与し、顧客体験そのものを豊かにするパートナーへと進化を遂げていることを明確に示唆しています。
データで見るパラダイムシフト:検索からAIへ、トラフィックの大移動
エージェンティックコマースは単なる技術トレンドに留まらず、ビジネスの根幹を揺るがす構造変化です。その確信は、いくつかの衝撃的なデータによって裏付けられています。
AI経由トラフィック4,700%増:消費者行動の劇的変化
消費者の情報収集の起点が、従来の検索エンジンから生成AIへと劇的にシフトしています。
- Adobe Digital Insights(2024年5月)によると、米国小売サイトへの生成AI経由のトラフィックは前年比で実に4,700%もの増加を記録しました。
- 別の分析(Previsible社、2024年6月)でも、2024年1~5月のAI経由セッション数は前年同期比+527%に達したと報告されています。
- Bain & Companyの調査では、ChatGPTにおけるショッピング関連のクエリはわずか6ヶ月で倍増し、全検索の約10%を占めるに至っています。これは1日あたり約5,000万件もの購買意図を持った対話が発生していることを意味します。
- このトラフィックは質も高く、Boston Consulting Groupによれば、AI経由のユーザーはエンゲージメントが10%高く、直帰率が27%低いという結果も出ています。

AI経由のトラフィックは前年比4,700%増と急成長を続けている
Source: Adobe Digital Insights
ウォルマートの20%がChatGPT経由:新チャネルの台頭
このシフトは、既存の集客チャネルの勢力図を塗り替え始めています。
- Similarwebのデータ(2024年)では、ウォルマートへの紹介トラフィックの20%がChatGPT経由となり、Etsyでは20%以上、Targetでは約15%を占めるなど、「AIチャネル」はすでに巨大な存在感を放っています。
- 一方で、従来のSEOは大きな岐路に立たされています。GoogleのAI Overviewsが表示されると、オーガニック検索のクリック率は34.5%低下するという調査結果(SurferSEO)があります。実際、一部のメディアサイトでは最大70%のトラフィック減少が報告されており、Gartnerは2026年までに従来の検索トラフィックが25%減少すると予測しています。
SEOからGEOへ:B2B購入者の90%がAIを活用
この環境変化に対応するため、企業は「SEO(検索エンジン最適化)」から「GEO(生成AIエンジン最適化)」へと戦略の軸足を移す必要があります。GEOとは、AIの回答内で自社の商品やサービスが引用・推奨されるようにコンテンツやデータを最適化する取り組みです。Walker Sandsの調査では、すでにB2B購入者の90%が購買プロセスで生成AIを利用しており、GEOはもはや選択肢ではなく、必須の生存戦略となりつつあります。
物理世界のエージェント化:すべてのモノが自律的に"買う"時代へ
エージェンティックコマースは、特定のチャット画面内だけに留まらず、私たちのあらゆる生活シーンに溶け込んでいくと予測されます。チャットUIでの購買が普及した次には、音声アシスタントとの連携、さらにはユーザーを取り巻く環境そのものが購買エージェントとして機能する未来が到来します。
- 音声アシスタントによる購買: AmazonのAlexaは全世界で3億台以上のデバイスに接続されており、ユーザーは毎週何億回も買い物を指示しています。スマートスピーカー所有者の約27%が月に1回以上、音声でショッピングをしているというデータもあり、「話せば買える」世界はすでに現実のものとなりつつあります。
- スマートホーム・環境の自動購買: スマート冷蔵庫が内部の在庫を監視し、牛乳が少なくなると自動で注文。洗濯機が洗剤の残量を検知して補充を注文する。こうした環境知能(Ambient Intelligence) が買い物を肩代わりする未来は、もはや遠くありません。このAmbientコンピューティング市場は年率25%前後で成長し、2030年には約960億ドル規模に達すると予想されています。
- コネクテッドカー: 自動車もまたエージェント化します。オイル交換の時期を検知してディーラーに予約を入れたり、ガソリン残量から最適な給油タイミングを判断したりと、車が自らの維持管理のためにお金を使う時代が訪れるでしょう。
- Embodied / Ambient / Context-awareエージェント: これらは物理世界とデジタルエージェントの融合を指すキーワードです。「ユーザーが購入を意識しないうちに、必要なものが手に入る」購買スタイル、Ambient Commerce(環境型コマース) の市場規模は、2030年に1.7兆ドルに達すると予測されています。これは現在の世界のEC市場全体に匹敵する、巨大なインパクトです。

スマートホームやコネクテッドカーなど、環境そのものが購買エージェントとして機能する未来
こうした世界では、人間が「購入ボタンを押す」というインタラクション自体が、次第に過去のものになっていく可能性があります。企業側にとっては、これまで当たり前だった「画面上にいかに商品を魅力的に陳列するか」というUI/UX戦略よりも、「AIエージェントにいかに自社商品を選んでもらうか」という、AIという新たな意思決定者に対する戦略が重要になるのです。
企業が今すぐ始めるべき3つの準備
この大きな変化に対応するため、企業は今から準備を始める必要があります。エージェンティックコマース時代に向けて、以下の3つのステップから着手することをお勧めします。

データ構造化、API化、ACPプロトコル対応の3ステップでエージェンティックコマースに備える
ステップ1:商品データの構造化でAIに理解させる
AIエージェントが商品を正確に理解し、適切に推薦するためには、商品データが機械可読な形式で整備されていることが不可欠です。
具体的なアクション:- 商品名、説明文、仕様、価格、在庫状況などの基本情報を構造化データとして整備
- Schema.orgなどの標準規格に準拠したマークアップの実装
- 商品カテゴリーの階層構造を明確化
- 画像データにalt属性やメタデータを適切に付与
多くの企業では、商品データが非構造化されていたり、システムごとにバラバラに管理されていたりします。これらを統合し、AIが理解しやすい形式に整えることが、エージェンティックコマース対応の第一歩となります。
ステップ2:在庫・配送情報のリアルタイムAPI化
エージェンティックコマースでは、AIがリアルタイムで在庫状況や配送可能性を確認し、ユーザーに最適な選択肢を提示します。そのため、これらの情報をAPI経由で高速に提供できる体制が求められます。
具体的なアクション:- 在庫管理システムのAPI化(リアルタイム在庫照会)
- 配送オプションと配送料の動的計算API
- 注文処理APIの整備(ACPプロトコル対応を見据えて)
- APIのレスポンス速度最適化(100ms以下が理想)
従来のECでは、ユーザーがカートに入れてから在庫切れが判明することもありましたが、エージェンティックコマースでは、AIが提案する段階で正確な在庫情報が必要になります。
ステップ3:ACPプロトコル対応で主要AIプラットフォームへ
OpenAIとStripeが提唱するAgentic Commerce Protocol (ACP)は、AIエージェントとEC事業者を繋ぐ標準規格です。この規格への対応準備を進めることで、ChatGPTをはじめとする主要AIプラットフォームでの販売機会を確保できます。
具体的なアクション:- ACPの技術仕様を理解し、自社システムとの整合性を確認
- 決済プロバイダー(Stripe等)との連携体制の構築
- セキュリティ要件(認証、暗号化等)の確認と対応
- テスト環境での動作検証
ACPはまだ発展途上の規格ですが、早期に対応することで、AIチャネルでの先行者利益を得られる可能性があります。
これらの準備は、一朝一夕には完了しません。しかし、今から段階的に取り組むことで、エージェンティックコマース時代の到来に備えることができます。特に、データの整備は全ての基盤となるため、最優先で着手すべき領域です。
私たちの取り組み:エージェンティックコマースの実装支援
このような大きな潮流の中で、私たちStellagent 株式会社は、エージェンティックコマースの「実装者」として、中堅・新興企業の皆様がこの新しい時代に対応できるよう支援しています。
主な支援内容:- ChatGPT・Perplexity上でのエージェントECストア構築
- ACPプロトコル対応の技術支援
- 商品データの構造化・API化コンサルティング
- AIチャネル活用戦略の立案と実行支援
私たちが目指すのは、広告費に依存せず、商品の魅力と適合度で勝負できる、より公正な競争環境の実現です。7億人が利用するAIプラットフォーム上で、ユーザーの購買意図が生まれた瞬間に、貴社の商品が適切に提案される――そんな未来を、共に創っていきたいと考えています。
おわりに:変化を機会として捉え、共に未来を創る
AI経由トラフィックの4,700%増加、検索クリック率の34.5%低下、2026年までに検索トラフィック25%減少という予測。これらは決して絵空事ではなく、今まさに私たちの目の前で起きている現実です。
"次の検索・次のEC・次の広告"は、AIエージェント経由の購買へと集約されていく――私はそう確信しています。黎明期である今だからこそ、この未来をより良い方向へ導く好機があります。
AIが購買プロセスの一部を担う未来は、決して遠い話ではなく、現在進行形で広がりつつある現実です。これは既存のビジネスを脅かすものではなく、むしろ「自社の商品の魅力を、AIを通じてより多くのニーズある顧客に届ける」ための新しいチャンスに他なりません。
大切なのは、来るべき変化を前向きに捉え、少しずつでも準備を始めることです。まずは「自社の商品データは、AIにとって読みやすい状態になっているだろうか?」という問いから、新しい戦略を考えてみてはいかがでしょうか。
私たちは、その第一歩を踏み出す企業の皆様の、最良のパートナーでありたいと願っています。
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