UCPの技術仕様を読み解く:AIエージェントが商品を購入する仕組み
鈴木章広
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この記事のポイント
- UCPのチェックアウトは5つの状態を遷移し、人間の介入が必要な場合は自動でハンドオフ
- 決済は「Trust Triangle」モデルで、AIエージェントは生のカード情報に触れない設計
- AP2のマンデート機能により「15%値下げしたら買って」のような条件付き自動購入も実現
GoogleのUniversal Commerce Protocol(UCP)が発表され、Shopify・Walmart・Stripeなど20社以上が参加する大規模連合が誕生しました。前回の記事では、UCPの概要やEC事業者への影響を解説しましたが、今回は一歩踏み込んで技術的な仕組みを解説します。
「AIエージェントが商品を購入する」と言われても、具体的にどのような処理が行われるのか。どうやってセキュリティを担保するのか。本記事では、UCPの公式仕様と技術ブログを元に、その内部構造を解き明かします。
UCPの全体像:3つの主要コンポーネント
まず、UCPがどのような構成要素で成り立っているかを俯瞰しましょう。

UCPは大きく3つのコンポーネントで構成されています。
Checkout Capability(チェックアウト機能) 購入フロー全体の状態を管理します。AIエージェントがカートを作成し、配送先や決済方法を設定し、最終的に注文を確定するまでの一連の流れを制御します。「今、購入処理のどの段階にいるか」を明確にし、人間の介入が必要な場面では自動的にユーザーにバトンタッチします。
Payment Architecture(決済アーキテクチャ) お金の流れを安全に処理します。AIエージェントが生のクレジットカード情報に触れることなく決済を完了できる仕組みです。「Trust Triangle(信頼の三角形)」というモデルで、事業者・AIプラットフォーム・決済プロバイダーの3者が適切に役割分担します。
AP2 Integration(AP2連携) ユーザーの意思を暗号技術で証明します。「この購入はユーザーが本当に望んだものか」を検証可能な形で記録し、将来的には「条件を満たしたら自動購入」といった人間不在の取引も可能にします。
以下、それぞれのコンポーネントを詳しく見ていきましょう。
チェックアウトの状態遷移:5つのステータス
UCPでは、チェックアウトセッションが5つの状態を遷移します。これは、AIエージェントが購入処理を進める際の「今どこにいるか」を示す重要な概念です。
| 状態 | 意味 | AIエージェントの対応 |
|---|---|---|
| incomplete | 必須情報が不足 | messagesを確認し、情報を追加 |
| requires_escalation | 人間の介入が必要 | continue_urlでユーザーに引き継ぎ |
| ready_for_complete | 完了準備OK | Complete Checkout APIを呼び出し |
| complete_in_progress | 処理中 | 完了を待機 |
| completed | 注文確定 | 完了(不変状態) |
incomplete(未完了):必須情報が不足している状態です。配送先住所が未入力、決済方法が未選択など、購入を完了するための情報が揃っていません。AIエージェントはmessages配列を確認し、何が不足しているかを把握して情報を追加します。
requires_escalation(人間介入が必要):API経由では解決できない情報が必要な状態です。例えば、年齢確認、3Dセキュア認証、規約への同意など。この場合、continue_urlが提供され、AIエージェントはユーザーを事業者のWebページに誘導します。
ready_for_complete(完了準備完了):全ての必須情報が揃い、プログラム的に購入を完了できる状態。AIエージェントは「Complete Checkout」APIを呼び出して注文を確定します。
complete_in_progress(処理中):事業者側で注文処理が進行中。決済処理や在庫確認が行われています。
completed(完了):注文が正常に確定。この状態は不変で、確認メールがユーザーに送信されます。
この状態遷移の設計が優れている点は、人間の介入が必要な場面を明確に分離していることです。AIエージェントはincompleteの問題は自力で解決を試み、requires_escalationになったら潔くユーザーにバトンタッチします。
決済の仕組み:Trust Triangle
UCPの決済アーキテクチャは「Trust Triangle(信頼の三角形)」と呼ばれるモデルに基づいています。登場人物は3者です。
- Business(事業者):商品を販売する小売業者
- Platform(プラットフォーム):AIエージェントを提供するGoogleやMicrosoftなど
- Payment Credential Provider:決済認証を提供するGoogle Pay、Apple Pay、Stripeなど

重要な設計原則は、Platformは生のカード情報(PAN)に触れないということです。Platformが扱うのは、トークン化された不透明な認証情報のみ。これにより、AIエージェント側のPCI DSS準拠負担が大幅に軽減されます。
決済フローは3ステップで進みます。
Step 1: Negotiation(交渉) 事業者がカート内容を分析し、利用可能な決済方法をPlatformに通知。「このカートではGoogle PayとStripeが使えます」といった情報です。
Step 2: Acquisition(取得) Platformが決済プロバイダーのAPIを呼び出し、トークン化された認証情報を取得。ユーザーの生体認証やPIN入力はこの段階で行われます。
Step 3: Completion(完了)
Platformが取得したトークンとhandler_idを事業者に送信。事業者はhandler_idを元に適切な復号処理を行い、実際の課金を実行します。
AP2マンデート:条件付き自動購入の実現
UCPをさらに強力にするのが、Agent Payments Protocol(AP2)との連携です。AP2は「Verifiable Digital Credentials(VDC)」という暗号署名付きの認可証明を使い、AIエージェントの行動に対するユーザーの同意を証明します。
AP2では3種類のマンデート(委任状)が定義されています。
Intent Mandate(意図マンデート) ユーザーの初期リクエストを記録。「白いランニングシューズを探して」という指示が、暗号署名付きで保存されます。
Cart Mandate(カートマンデート)
具体的なカート内容と価格への認可。ユーザーが「この商品をこの価格で買う」ことに同意したことを証明します。checkout_hashを含むため、カート内容が改ざんされていないことを検証できます。
Payment Mandate(決済マンデート) 決済ネットワークに対して「この取引にはAIエージェントが関与している」ことを通知。銀行やカード会社がリスク評価を行う際の情報として機能します。
この仕組みにより、**Human Not Present(人間不在)**の取引が可能になります。
例えば、ユーザーが「このジャケットが15%値下げされたら買って」と指示したとします。
- ユーザーがIntent Mandateに署名(価格条件、予算上限、期限を含む)
- AIエージェントが価格を監視
- 条件を満たしたらCart Mandateを自動生成
- 決済を自動実行
従来のECでは考えられなかった「条件付き自動購入」が、暗号技術によって安全に実現されるわけです。
具体例:AIアシスタントでランニングシューズを購入する
ここまで3つのコンポーネントを解説してきました。では、これらが組み合わさると実際にどのような体験になるのか、具体的なシナリオで見てみましょう。
シナリオ:ユーザーがGeminiに「白いランニングシューズを探して」と依頼
ユーザー: 「白いランニングシューズを探して。予算は15,000円くらいで」
↓ AIエージェントが複数のUCP対応ショップを検索
Gemini: 「3つの候補が見つかりました。
① Nike Air Zoom(14,800円)
② Adidas Ultraboost(15,200円)
③ Asics Gel-Nimbus(13,900円)
どれがよさそうですか?」
ユーザー: 「①のNikeがいいな。買いたい」
↓【Checkout Capability】セッション作成、状態: incomplete
Gemini: 「配送先は登録済みの自宅住所でよろしいですか?」
ユーザー: 「うん、それでいい」
↓【Checkout Capability】配送先追加、状態: incomplete → requires_escalation
↓(3Dセキュア認証が必要)
Gemini: 「決済の認証が必要です。こちらのリンクから認証をお願いします」
↓ ユーザーがcontinue_urlで認証画面へ
↓ 生体認証でカード認証完了
↓【Payment Architecture】Trust Triangleでトークン取得
↓【Checkout Capability】状態: ready_for_complete → completed
Gemini: 「注文が完了しました!確認メールを送信しました。
到着予定は1月16日です」
このシナリオでは、Checkout Capabilityが購入フローの状態を管理し、認証が必要な場面で自動的にユーザーにハンドオフ。Payment ArchitectureのTrust Triangleにより、AIエージェント(Gemini)は生のカード情報に触れることなく決済を完了しています。
応用シナリオ:条件付き自動購入
さらにAP2を活用すると、次のような体験も可能になります。
ユーザー: 「さっきのAdidasのシューズ、15,000円以下になったら
自動で買っておいて。期限は今月末まで」
↓【AP2】Intent Mandate署名(条件: ≤15,000円、期限: 1/31)
Gemini: 「了解しました。価格を監視して、条件を満たしたら
自動購入します。購入時には通知しますね」
↓ AIエージェントが価格を定期監視
↓ 1月20日、価格が14,500円に値下げ
↓【AP2】Cart Mandate自動生成
↓【Checkout・Payment】自動で購入処理実行
Gemini: 「お知らせ:Adidas Ultraboostが14,500円に値下げされたため、
自動購入しました。確認メールをご確認ください」
この「条件付き自動購入」は、3つのコンポーネントすべてが連携して初めて実現します。Intent Mandateがユーザーの意図を暗号的に証明し、Checkout Capabilityが状態を管理し、Trust Triangleが安全に決済を処理する。従来のECサイトでは不可能だった購入体験です。
事業者はどう実装するのか
UCPを自社ECに実装するには、AIエージェントからのリクエストに応答するための3つのエンドポイント群を用意します。

① Discovery Endpoint
GET /.well-known/ucp — AIエージェントが最初にアクセスし、この事業者がUCPに対応しているか、どの決済方法が使えるかを確認するためのエンドポイント。
② Checkout API チェックアウトセッションを管理するREST API。
POST /checkout-sessions— セッション作成GET /checkout-sessions/{id}— 状態取得PUT /checkout-sessions/{id}— 情報追加・更新POST /checkout-sessions/{id}/complete— 購入確定
③ Payment Handlers Google Pay、Stripe、PayPalなどの決済プロバイダーと連携し、トークンを受け取って実際の課金処理を実行する仕組み。
AIエージェントは以下の流れでリクエストを送信します:
- Discovery → まず
/.well-known/ucpで対応状況を確認 - セッション作成 → カート情報を含むセッションを作成
- 情報追加 → 配送先、決済方法を順次追加
- 購入確定 → 全情報が揃ったら
completeで注文確定
では、各エンドポイントの実装詳細を見ていきましょう。
Step 1: Discovery Endpoint の実装
/.well-known/ucpにJSONプロファイルを配置します。サポートする機能(Capabilities)、決済方法(Handlers)、署名鍵を宣言します。
Step 2: Checkout API の実装
チェックアウト用の4つのAPIエンドポイントを実装します。不足情報のバリデーション、messages配列でのエラー通知、continue_urlの生成といったロジックで、チェックアウトの状態遷移を制御します。
Step 3: Payment Handler の実装 決済プロバイダーごとにトークン処理ロジックを実装。Google Pay、Stripe、PayPalなど、対応する決済方法ごとの処理が必要です。
ただし、Shopify加盟店はこれらの実装を行う必要がありません。Shopifyが共同開発者としてUCPに参加しているため、プラットフォーム側で対応が進んでいます。独自ECサイトを運営している事業者や、他のプラットフォームを使用している場合に、上記の実装作業が必要になります。
Shopify・commercetools利用者の選択肢
主要なコマースプラットフォームのUCP対応状況を整理します。
Shopify:UCPの共同開発者であり、加盟店は自動的にUCPに対応。追加の開発作業は不要です。
commercetools:NRF 2026でエージェンティックコマース戦略を発表。JD Sportsが初の採用企業として名乗りを上げています。ヘッドレスコマースの特性上、UCP統合はAPI層での対応が想定されます。
独自実装:GitHub上で公式仕様とサンプル実装(Python/FastAPI、Node.js/Hono)が公開されています。
現時点では、Shopify利用者が最も早くUCPの恩恵を受けられる状況です。
まとめ
UCPの技術仕様を見ると、単なる「AIが買い物をする」という表面的な機能の背後に、セキュリティ、ユーザー認可、状態管理といった複雑な設計が存在することがわかります。
EC事業者が押さえておくべきポイント:
- 状態遷移の理解:チェックアウトは5つの状態を遷移し、人間介入が必要な場面は自動的にハンドオフされる
- 決済の安全性:Trust Triangleにより、AIエージェントは生のカード情報に触れない設計
- 条件付き自動購入:AP2のマンデート機能により、将来的には「値下げしたら買って」のような指示も可能に
UCPはまだ米国で初期展開が始まったばかりです。日本市場への展開時期は未発表ですが、Googleの他サービスの展開パターンを踏まえると、数ヶ月〜1年程度のタイムラグが予想されます。
技術的な準備としては、商品データの構造化(AIが認識しやすい形式)、決済システムのトークン対応状況の確認から始めるのが現実的でしょう。
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